認知症対策の新潮流「アートセラピー」は本当に効果があるのか

論文

世界は急速に高齢化しています。2022年の国連のデータによれば、65歳以上の人口は世界人口の10.3%を占め、この割合は今後ますます増加する見込みです。高齢化社会が抱える大きな課題の一つが、認知機能の低下。薬物療法として広く用いられるコリンエステラーゼ阻害薬は、一時的な認知機能改善(MMSEスコアで平均2~3点)をもたらすものの、副作用や長期的な効果に限界があり、多くの患者や家族がより安全で効果的な方法を求めています。

そこで近年、非薬物療法の一種として「アートセラピー(芸術療法)」が注目されています。アートセラピーは1940年代にイギリスの芸術家エイドリアン・ヒルによって提唱されました。以来、認知症や軽度認知障害(MCI)への応用が広がり、多くの研究者がその効果を検証してきました。2021年のMRIを用いた研究では、アート活動中に前頭前野と海馬が活性化され、脳由来神経栄養因子(BDNF)が約20%増加することが報告されました。つまり、アートセラピーは単に気分転換の手段にとどまらず、脳の神経細胞の成長や再生(神経可塑性)を促す科学的根拠を持つ手法だと言えるでしょう。

今回紹介する論文(R)は、2025年に発表された38件(計2,869名)のランダム化比較試験(RCT)を統合したネットワークメタ分析です。アートセラピーが実際にどの程度の効果を持つのか、そしてどの種類のアートが特定の認知機能を最も改善するのかを明らかにしてくれています。

この研究では、認知機能の評価に広く用いられる「MMSE(全般的な認知スクリーニング)」と「MoCA(実行機能や注意を重視)」の二つの指標を用いて効果を比較しました。その結果、以下のような違いが判明しました。

  • MMSE(全般的な認知機能)での効果ランキング
    • 描画療法:最も効果が高く、特に空間認知や見当識で大きく改善(SUCRAスコア79.2%、MMSEで+3.1点)。
    • 園芸療法、創作系アート(陶芸や手芸)も+2点前後の改善。
    • 意外にも音楽療法はMMSEでは効果が限定的でした。
  • MoCA(実行機能・注意)での効果ランキング
    • 音楽療法:最も効果的(SUCRAスコア92.6%、MoCAで+4.2点)。特に「能動的音楽活動」(歌唱、リズム運動)が有効。
    • ダンスムーブメント療法も高い効果(+3.5点)。運動とリズムが前頭前野を刺激し、注意力や実行機能を向上させる効果があります。

つまり、「どのアート療法も効果はあるが、認知機能の特定の分野においてそれぞれ異なる強みがある」ということです。患者の認知機能低下の種類によって、適切なアートセラピーを選択する必要があります。

自宅や施設ですぐ始められる「科学的アートセラピー」実践ガイド

これらのエビデンスを踏まえ、すぐに実践できる具体的なプロトコルをご紹介しましょう。

1. 描画日記セッション

  • 週3回、各30分程度。テーマは「その日にうれしかったこと」を1枚の絵にする。
  • 描画後に5分間、自分の作品を見てリフレクションを行うと自己関連記憶の定着が15%アップ。

2. 音楽リズムワーク

  • 週2〜3回、1回15〜20分。テンポ120BPM前後の曲に合わせ、手拍子と足踏みを組み合わせる。
  • 「二重課題」として行うことでMoCAスコアの注意・実行機能が+2.1点(2024年・中国のRCT)。

3. 園芸+マインドフルネス

  • 自宅でプランターを使い、植物の植え替えや水やりを週2回実施。その際、「土や水など五感への集中」を意識。
  • 8週間後、MMSEスコア+2.4点、ストレスホルモン(コルチゾール)が14%減少。

4. ダンスムーブメント

  • 週2回、各回40分程度の軽度から中程度の負荷のダンスを実施。
  • ステップの複雑性を徐々に高めて心拍数を最大心拍数の65%程度まで上げると、海馬の灰白質が増加し記憶力改善。


また、こうしたアートセラピーを継続して行うために欠かせないのが、「仲間と一緒に楽しむ」という社会的つながりです。仲間と一緒に描いたり踊ったり歌ったりするとドーパミンの分泌が促進され、習慣化が容易になります。さらに社会的な交流がある人は、炎症の指標であるCRP値が約12%低く、全身的な老化防止につながるとの報告もあります。

まとめ

とはいえ手放しに「アートセラピー最強だ!」とは言えなくてですね……

  • 研究データはまだ弱い
    これまでの研究は期間が短く、参加者も少なく、しかも「本当に効いているか」を判定しやすい盲検法が使いにくいという欠点があります。だから、効果がどれくらい続くのか、どんな人にでも当てはまるのかはまだはっきりしていません。
  • 脳が変わる仕組みの証拠は不足
    「アートで脳の栄養因子(BDNF)が20%増えた」という数字などはありますが、同じ結果を示す研究は少なく、現時点では決定的な証拠とは言えません。
  • 使うなら“薬を補う方法”として
    実践マニュアルは役に立ちますが、ケガの予防や専門家(作業療法士・アートセラピストなど)のサポート、仲間との交流といった要素も重要です。医療の現場では、薬の代わりではなく“薬を支える補助療法”として位置づけるのが現実的です。

アートセラピーは将来性はあるものの、まだ「これでOK!」と言い切れる段階ではありません。導入するなら、今ある証拠の限界を理解したうえで、自分に合ったものを取り入れていきたいですね。

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