- 父親が死んでいました。
- 「死んでいた」という過去形なのは、それを知ったのは昨日だけど、実際に死んだのは二、三年前らしいからです。
- 昨日は母親の誕生日プレゼントに買った炊飯器を持って行きがてら実家である多治見市に帰ったのですが、なぜかその前に母親から「印鑑証明書と戸籍謄本を取ってきて」と言われて「こわっ」と思いました。
- 僕の自治体はマイナンバーカードがあればコンビニで発行できるので便利です。支払いが電子決済になればさらに便利なのになとは思います。
- なのでその書類と、あと炊飯器を持って、妻と一緒に実家に帰ったのですが、母親がなかなか書類の話をしたがらず、1時間ほど雑談していました。
- そしてようやく「これを読んで」とひまわり柄の可愛い手紙を渡されました。知らない女性からでした。
- 最初に読んだときは、僕の父方の「祖父が施設に入るので土地を処分したいけど、土地が亡くなった祖母名義なので、そのままでは処分できないから書類をお願いしたい」みたいな内容だと思いました。
- なので母親に「相続放棄みたいなあれ?」と聞いたら「放棄じゃなくて売るためにはあんたたちの許諾が必要みたいな話だけど、もう1回ちゃんと読んで」と言われました。
- それでもう1回ちゃんと読んでみたら「祖母は亡くなり、息子2人も亡くなっているため……」のような文言がチラッと書いてありました。
- 「……ん?息子って?」と聞いたら、母が「そう。あの人死んでたんだって」と言いました。
- 話は変わって、僕の妻の父は昨年亡くなりました。その時は義母に連絡が来て、義父は借金などをしている人だったので、妻は遺産の相続放棄や弁護士との話し合いなどで憔悴していました。僕が今うつ病になっているのは、その妻を励ましていたタイミングで職場でカスハラを受けたのが大きな理由の一つです。
- なので僕も父が亡くなったら市役所とかから連絡が来て、「葬儀はどうするか」とか「相続はどうするか」などなど、面倒なことがたくさん起きるんだろうなと思っていました。「その時は私に任せて」と妻も言ってくれていたので、経験者は頼りになるなぁとか思っていました。
- そしたら、そんなことはなく、父は死んでいたそうです。しかも最近ではなく、二、三年前に。
- 今書いてたら自然と涙が出てきましたが、これは父が亡くなった悲しみの涙というより、昨日の情報量が多すぎてキャパオーバーした余韻の涙だと思います。
- 母も当然知らず、その手紙で知ったそうです。そして手紙の送り主は祖母の姪っ子であり、母にとっては義理のいとこにあたるお方だそうでした。
- さすがに母もびっくりして、手紙が届いてすぐには連絡できず、後日ショートメッセージで連絡したものの相手も70代の女性のためショートメッセージがわからず、電話して話を聞いたら
- 祖父は90歳になって、デイサービスなどに通っているが、少しボケてきたりしてきているため、将来的には施設に入ることになると思う。
- 家は祖父の名義だが土地は祖母の名義である。
- 僕の父方の実家では、長男も次男(僕の父)も離婚して実家に帰ってきていた。最初に長男が亡くなり、次に祖母が亡くなり、最後に僕の父が亡くなったらしい。
- 死因は全員脳梗塞だった。父は正確に言えば脳梗塞を繰り返し、最終的に目も開けられない状態になり、病院で亡くなったらしい。それが二、三年前。
- そのため、祖母の土地の相続権が孫5人(うちが3人兄弟で、長男の子どもが2人)に移っており、そのままだと土地と家の処分ができないので、全員に連絡が取れ次第、遺産分割協議書というものに印鑑を押してほしいとのこと。
- 祖父の遺産の配分はすでに司法書士と決めてあり、借金などはないため、孫たちで相続することになりそうなこと。
- などを言われました。
- ……はっきり言えば、別に死んだことはどうでもよかったです。父は僕にとっては母の敵という印象の人でした。5人家族を養っていたのは大変だったと思いますが、リーマンショックでリストラされ、料理酒を飲むくらいのアルコール中毒に、借金してパチンコをうちに行くなどの最悪の行動をした末、僕が高校3年生のときに離婚しました。
- 離婚の前には口論から父から母への暴力に発展したため、お風呂に入っていてすっぽんぽんでびしょ濡れの僕が父を殴り、柔道をやっていた父に床に投げられました。
- なので、嫌いです。これは母親の誘導というか教育というか、子育てを母が全て行っていたため、それによる印象操作というか、母の味方でいないといけないという特殊な家庭で育ったせいもあると思います。そしてそれが今のうつ病などにも少なくない影響を与えていると思います。
- まぁなので、死んだこと自体にはショックを受けませんでした。
- でも、死んだことに報告が来なかったことというか、「お前死んどったんかい!」みたいなショックはとても大きかったです。
- いま鼻水が出てきましたが、これも悲しみではなく、いっぱいいっぱいだからだと思います。
- そして、そんな話で空気が重くなったというか、母も「ごめんねすぐに言えずに……」みたいなことを言っていました。すぐにといっても1週間以内に話しているので、母は悪くないと思います。
- でも、「ここしかない!」と思って、僕がうつ病で昨年の11月から休んでいて、休職満了で離職厨であることを話しました。
- そこからは号泣していたので、あんまり覚えていません。
- 母は意外と優しく受け止めてくれたというか、「あんたはもっときつい子やと思ってたけど、優しくなりすぎちゃったのかな」みたいなことは言われましたが、僕が弱いとか、うつ病は甘えとか、そういうことは言いませんでした。
- うつ病になると、甘えなんじゃないかと自分でも思うんです。自分が一番思っているのかもしれません。なので、他の人にもそう言われるんじゃないかと思ってしまいます。これは大なり小なりみんなそうなんだと思います。
- 僕の母は実際には思うところはあったのかもしれないですし、昭和生まれだし、たぶん僕の気持ちを分かってくれたわけではないですが、それでもうつ病が甘えだとは言わず、心配というかショックというか、とりあえず受け止めながら話をしてくれました。
- なんなら「私の育て方が悪かったかな」とまで言わせてしまったので、それは申し訳ないなと思いました。うつ病で自分が大変なのに母親の心配をしている自分は本当に優しいなと思いますよ、本当に、ええそうですとも。
- それ以外には、母が滋賀県に親戚と三男と旅行に行った話や、扇風機が壊れた話や、うちのエアコンの羽が動かなくなった話などをしました。
- 次男には、まだ父が亡くなった話をしていないそうです。母が離婚するときに、僕は「よかった、これで平和になる」と思ったのですが、弟に離婚の話を母がしようとしたら「そんな話しないで!」と怒ったらしく、「あの子は意外と父親のことが好きだったのかも」と言っていました。
- 僕も次男には、兄弟によくありがちなパワーバランスで、それなりにひどいことをした自覚があって、次男は僕や母と違ってそんなに喋るタイプでもないので、嫌われているだろうなと思っていたのですが、妻との結婚写真を撮るときや祖母の葬式のときに話をしたときは、「こいつはなんて優しいやつなんだろう」と思いました。
- なので次男は無口だけど家族思いの良い子なんです。その次男に母は父が亡くなったという話をするのを躊躇っているというわけで……。人生って大変ですね。
- 僕が泣いているときに「あんたは昔はもっときつい子だと思ったけどね」と言われたので、「中身は高校生ぐらいからあんまり変わってないよ」と言ったら、「私だってそうよ」と62歳になる母が言っていました。そんなもんなんだ。
- そんなこんなで昨日はいっぱいいっぱいになってしまい、夕方に家に帰ってきてから横になったのですが、疲れてはいても眠れず、22時前に頓服を飲んで寝て、今朝は5時に起きて6時からこの日記を書いております。
- 妻がさっきトイレに行った気配があったので、起こしてモーニングに行こう。
- 今日はメンタルクリニックの診察です。今日でよかった。かいつまんで医師にも話そう。カウンセラーさんにもまた会いに行って話さないとな。


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