腰痛に悩む方は、日本国内だけでも数百万人。なかでも「腰椎椎間板ヘルニア(LDH)」は、比較的若い世代にも多く、慢性的な痛みに苦しめられる代表的な疾患です。5〜20%の成人が影響を受けるとも言われ、個人のQOLはもちろん、社会全体の医療コストにも大きく関わる問題です。
では、運動療法でこの慢性痛を改善できるとしたら?しかも、最も効果的な方法が科学的に見えてきたとしたら?
今回とりあげるのは、2025年に発表された「LDHにおける運動療法の効果」に関するアンブレラレビュー(R(R)。6本の高品質なシステマティックレビューを分析し、そこに含まれる107本のRCT(ランダム化比較試験)を統合した、いわば「運動療法の最終結論」を目指す1本です。
最も効果的だったのは「モーターコントロール・トレーニング」
まず結論から言うと、痛みの緩和に最も効果があったのは「モーターコントロール・トレーニング(MCT)」でした。
MCTとは、2000年代以降に広まった比較的新しいアプローチで、体幹のインナーマッスル(特に多裂筋や腹横筋など)を意識的に使うことで、腰椎の安定性を高める運動です。特徴は次の3点。
- 無意識に行っていた動作を再学習すること
- 神経−筋制御(neuromuscular control)にフォーカス
- 汎用的ではなく個別最適な動作パターンの構築
過去の複数の研究でも、MCTは慢性腰痛に対して良好な効果を示しており、2022年のメタ分析では「痛みの再発リスクを30%以上低減」との報告もありました。
今回のアンブレラレビューでも、術後・保存療法を問わず、MCTが一貫して他の運動よりも有効でした。研究の質にバラツキがあるなか、ここまで一貫性のある結果が出るのはいいですね。
その他の有望なアプローチ:気功と体幹トレーニング
とはいえ、MCTだけが選択肢ではありません。注目すべきは、伝統的な中国医学に基づく八段錦(Baduanjin)や易筋経(Yijin Jing)といった気功エクササイズも、一定の効果を示したこと。
これらの運動は、呼吸と動作を統合し、自律神経系にも働きかける点でユニークです。近年では、交感神経の過活動が慢性痛の要因になることも示唆されており、東洋的アプローチが科学的にも再評価されています。
また、MCTと並んで有名な体幹安定化トレーニング(core stability training)も、痛み軽減に中程度の効果が確認されました。ただし、この分類には一部MCTと重複する要素があるため、今後の研究では明確な定義分けが必要とされています。
効果を出すには、「どの運動を、どう行うか?」が鍵
レビューの結論として強調されていたのが、以下のような「運動処方の質」の問題です。
- 運動分類の一貫性がない:MCTと体幹トレーニングの混同、介入内容の詳細不足など
- FITT-VP原則(頻度・強度・時間・種類・進行度)に基づく設計が不足
- 再現性に乏しい(実際にどんな運動をしたか分からない)
この辺りは、栄養介入研究の「何を食べたか分からない」「対照群がただの放置」問題に似ており、エビデンスとしての質を下げてしまう原因となっています。
実践に向けたヒント
では、実際にどうやってこの知見を日常に活かせばよいのでしょうか?以下に簡単な指針をまとめておきます。
- 慢性腰痛に悩むなら、まずはMCTの導入を検討
→「ドローイン(腹を凹ませる)」や「四つ這いでのバードドッグ」などが代表例です。 - 運動の頻度は週3回以上、最低8週間以上継続
→これは多くのRCTで用いられたスケジュールに基づきます。 - 再現性のあるプログラムを選ぶ
→YouTubeやSNSの動画も便利ですが、理学療法士の指導を受けた方がより効果的です。 - 他の手段(薬物療法や物理療法)と併用してもOK
→複合アプローチが基本。MCT単独で万能ではありません。
最後にもうひとつ。このレビューでは「AI(ChatGPT-4)は言語校正のみで、解析には使っていない」と明記されていました。個人的には、この辺りも今後の研究スタイルが問われる部分だなと感じました。今後、AIによる「痛みの個別最適化プログラム」なんてのが登場する日も、そう遠くないのかもしれません。
腰痛に悩む方は、ぜひ自分に合った「動きの再学習」を、今日から始めてみてください。それではまた。
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