「筋トレ」と聞いて、みなさんはどんなイメージを持つでしょうか?
おそらく多くの人は、「力いっぱい」「筋肉を追い込む」「パンプアップ」など、いわば“頑張る系”のキーワードを思い浮かべるはずです。ところが、それとは正反対のアプローチを取る理論があります。
それが「初動負荷理論®(Beginning Movement Load Theory, BMLT)」です。
この理論、要は「運動は主働筋のリラックス(=弛緩)から始めようよ」というもの。さらにその後、「伸張 → 短縮」の流れで筋肉を使い、しかも主働筋と拮抗筋の共縮(=アクセルとブレーキ同時に踏むようなムダ)を避けることで、しなやかで力強い動作が可能になる、というのが大枠の考え方です。
この「弛緩→伸張→短縮」の三段活用は、実はスポーツ科学の世界では「SSC(Stretch Shortening Cycle)」として古くから知られています。ただ、BMLTのユニークなところは、「弛緩」のフェーズを強調する点。伸張反射や相反神経支配といった生理学的仕組みをトレーニングに応用する設計になっており、意志で力むよりも、体の“自動運転”をうまく活かそうという思想が背景にあります。
個人的には、かの山本昌選手も実践していたこのアプローチにちょっと惹かれるところがあります。
エビデンスはあるの?研究とデータを精査してみた
では、この理論にどれだけの科学的な裏付けがあるのか?ここが最大のポイントです。
まず、ポジティブな研究として挙げられるのは以下の3つ。
- 野球選手40名にBMLTとThrowers Tenを6週間比較。BMLT群のほうが投球速度(117km/h vs. 109km/h)が有意にアップし、肩関節の可動域や棘上筋の動員効率も向上。
- 高齢者に対し、1RMの30%という軽負荷でBMLTを8週間実施。膝伸展筋の筋力が+31.6%と大きく増加し、バランスや階段昇降能力も改善。
- 異なる自由度をもつBMLTマシンでの筋活動を比較。開始と終了時に弛緩期が明確に観察され、共縮の少ない滑らかな動作が記録されている。
──といった感じで、一定のエビデンスはあります。
一方で注意すべき点も。
- 研究数は少なく、分野も「投球パフォーマンス」や「高齢者の機能改善」に限られている。
- 多くの研究が、理論の創始者やその関係者によって行われており、バイアスの可能性がある。
- 専用のB.M.L.T.カム®マシンの使用が前提なので、「理論そのもの」と「マシンの効果」の切り分けが難しい。
つまり、「一定の科学的根拠はあるが、まだ部分的で独立性に課題あり」というのが、現時点での妥当な評価だと思います。
なめらかに動く、疲れない、継続しやすい──実践する価値はあるのか?
それでもBMLTがここまで注目されるのは、やはり「実感」の部分に強みがあるからでしょう。
- 軽い負荷なのに効果を感じる
- 筋肉痛が起きにくく、疲れにくい
- 柔軟性も同時に向上
- なにより動作が“気持ちいい”
といった報告が多く、アスリートや高齢者だけでなく、一般人の健康増進やダイエット目的にも活用されつつあります。
ただし、デメリットも。
- マシンが高価&設置施設が限られる
- セッションには専門知識を持つコーチが必要な場合が多い
- 科学的な再現性に乏しい側面も否定できない
これらを総合すると、BMLTは「万人に勧められる科学的王道」ではないけれど、「しなやかな動きの再教育」としては魅力的な選択肢の一つといえそうです。
まとめ:BMLTを取り入れるなら「目的」を明確に
- 目的が明確(投球力アップ、関節可動域改善など)
- 近くに対応施設がある
- 専用マシンを継続的に使える環境がある
これらが揃っていれば、BMLTは検討する価値アリです。
逆に「ジムの片隅でこっそり実践…」という使い方には向きません。
そして何より、「筋肉を大きくしたい」「重いものを持ち上げたい」という目的の人には、従来のレジスタンストレーニングのほうが向いています。BMLTは、「動きそのものを変えたい」人向けのメソッドです。
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