「首から腕にかけてしびれる」「パソコン作業の後に肩甲骨の奥がズキッと痛む」──こうした症状の原因としてよく挙げられるのが、頸椎神経根症(cervical radiculopathy)です。最近、この疾患に対して“手技療法(マニュアルセラピー)は本当に効果があるのか?”を徹底検証した系統的レビュー(R)が出ておりました。
結論から言えば、「ちゃんとやれば短期的には効く。ただし“何に対して”効いているのかがあやふや」という感じです。
効くことは効く、ただし「誰に」効くのかが問題
このレビューでは、過去10年間に発表された17件のランダム化比較試験(合計1183人)を分析。結果はかなり明快で、どの研究でも痛み(VAS・NPRS)と機能障害(Neck Disability Index:NDI)の改善が統計的に有意でした。
つまり、「首や腕の痛み」「日常動作のつらさ」にはマニュアルセラピーが確かに効いている。ただし──です。
ほとんどの試験で、神経伝導検査(EMGやENG)を使って“本当に神経根が障害されているか”を確認していないのです。MRIを使って構造的な圧迫を見た研究もわずか2件のみ。
つまり、「神経が圧迫されている人」に効いたのか、「ただの筋緊張やトリガーポイントの人」に効いたのかが判別できない。これが今のエビデンスの限界です。
どんな手技が効きやすいのか?
とはいえ、研究の中身をよく見ると“勝ち組”の手技がいくつか浮かび上がってきます。
- 椎間孔を開くモビライゼーション(foramen opening)
横方向の滑走運動で神経根の出口スペースを広げるアプローチ。4件のRCTで好成績を報告。 - 胸椎マニピュレーション
胸椎の可動性を上げることで頸椎の負担を下げる方法。2件の試験では、1回の施術でも痛みと機能が改善。 - 複合的アプローチ(モビライゼーション+運動+温熱)
単一手技より、複数の低負荷介入を組み合わせた方が効果が安定。
逆に、牽引だけ・ニューラルモビライゼーションだけのような“単品勝負”はやや効果が落ちる傾向。特に神経を強く引っ張るタイプのテンションテクニックは、急性期の人には刺激が強すぎる可能性があるようです。
セッション数はだいたい**週2~3回×4週間(計8〜12回)**が主流。
一部の研究では1回の胸椎マニピュレーションでも改善が見られたものの、全体的には継続的に複数回行うほうが安定して効果を出しています。
つまり、「短期的な疼痛緩和+運動へのブリッジ」として使うのが現実的です。
そもそも診断がぐちゃぐちゃ問題
今回のレビューの重要な指摘がこれ。
「頸椎神経根症」という言葉が、研究によって全然違う人を指しているのです。
- ある研究では「肩に放散痛があればCR」
- 別の研究では「感覚鈍麻+筋力低下」
- さらに別では「スパーリング陽性のみ」
これらを全部ひとくくりにして「CR」としているので、結果がバラつくのも当然。
著者らは、今後は電気生理検査+画像+臨床所見を組み合わせた標準化診断基準の設定を強く提言しています。
このレビューを読んだうえで、現場でどう使うか?を簡単に整理するとこんな感じになります。
- 胸椎マニピュレーション:初回に即効性を狙う
- 椎間孔開大モビライゼーション:週2回×4週間の中心に据える
- 低負荷牽引+神経スライダー:併用で補助的に
- 頸部深層屈筋トレと姿勢運動:セルフケアとして定着
要するに、「まずはスペースを作って、次に動かして、最後に支える」。
この三段階の流れで考えるとシンプルです。
おもしろいのは、このレビューの結論部分で著者らがこう書いている点です。
“Manual therapy can be proposed as a way to provide relief when the symptoms might be related to radiculopathy, but its long-term effectiveness has been impossible to establish.”
つまり、マニュアルセラピーは「長期的な解決」ではなく、「運動や生活改善へ移行するための出発点」であるべきだ、と。
これは非常に納得のいく視点で、短期的に痛みを軽減して行動を再開できれば、その後の運動・睡眠・ストレス管理など健康行動の自己効力感が上がる──まさに「健康行動のトリガー」として機能するわけです。
まとめ
今回のレビューをざっくりまとめると、
- 痛みと障害は短期的に改善する(エビデンス一貫)
- 胸椎マニピュレーションと椎間孔モビライゼーションが有望
- 牽引やニューラルテンションは補助的に使う
といった感じですね。参考になれば幸いです。
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